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青森地方裁判所 昭和24年(ワ)152号 判決

靑森県上北郡三本木町字稻生町一八三番地

原告

太田文吉

右訴訟代理人弁護士

山岸龍

被告

右代表者法務総裁

大橋武夫

右指定代理人法務府事務官

源義一

対島秋夫

右当事者間の昭和二十四年(ワ)第一五二号特許製造方法による製品に関する確認請求事件について当裁判所は次の通り判決する。

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は各自弁とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告において昭和二十一年特許願第四一一二号を以て出願し昭和二十三年八月二十日出願公告、昭和二十四年三月十二日登録され原告に帰属する特許第一七八一二五号特許権の実施により製出する滋養食品が酒税法に所謂麹でないことを確定する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨申立て、その請求の原因として原告に帰属する右特許権の内容たる発明の要領は次の通りである。即ち、大麦、小麦その他の穀類を脱脂乳に浸漬して蒸炊し、これに種麹を加えて製麹し乾燥したもの、又はでき上がりのまゝのものに牛乳と酵母との混合液を吸收させこれを乾燥粉末とした滋養性食品である。即ち、麦等を脱脂乳に浸漬して蒸炊するから、麦等に不足している乳糖が釀成され、なお蛋白質が「カゼイン」として補給されるから製麹を助け、甘味と栄養とに富む母乳代用品が製出される。この方法で生じた麹は特に酵素作用が強くなお蒸炊により、微生物を殺滅すると共に製造過程において牛乳に酵母を混合吸收させるから牛乳に含有する「ヴイタミン」を生ずる。

一例を挙げて説明すれば

一石に脱脂乳(水分約九〇パーセント、蛋白質約四パーセント、脂肪約〇、二パーセント、乳糖約四パーセント、灰分約〇、八パーセント)一石を加え、一夜浸漬して水分を悉く吸收させ蒸炊し、手で捻り餅のように成つた時放冷し、これに種麹を加え、麹室で一日攝氏三〇度の温度で温めるときは「アスペルギルオリーゼ」が繁殖する。そこで麹室から取り出し、攝氏五五度で乾燥し、又はそのまゝのものに、牛乳一升と乳状酵母一との混合液を吸收させ、乾燥粉末化したものは目的たる本件滋養製品で麹の醗酵素と酵母と牛乳とが協力してを溶解性物質(攝氏六〇度の温湯では溶解量三〇パーセント)としたものである。

これを要するに右特許権の範囲は、、大麦、小麦、その他の穀類及び雑穀類を脱脂乳に浸漬して蒸炊し、種麹を加えて、製麹しこれを乾燥粉末とした物、又はでき上がりのまゝのものに牛乳に酵母を加えた液を吸收させ、乾燥粉末としたもの及びその製造法である。

従つて本件製品及びその製造過程で顯出される「麹」は何れもわが国古来から公然知られ又は公然用いられている酒税法に所謂麹と全然その選を異にする。今若しそうでないとせんか、かような方法又は製品が新規な発明ということができず、従つて特許権の目的と為り得ないことは特許法第四條第一号の規定に徴し極めて明白である。そして原告は右特許権者として前述の滋養品を製造、使用、販売又は拡布する権利を專有する(同法第三五條)から折角右特許権を施用して目的たる滋養製品を製造し、又は製造中靑森県上北郡三本木町三本木税務署長は、右特許権の施用過程中又は施用の結果招来する物質は全部酒税法に所謂麹に該当するものであり、原告が政府の免許を受けないで麹を製造し又は製造しつゝあるものだとして、昭和二十四年七月六日から同年一月二十二日までの間に計五回に亘り同町大字三本木字東小稻一二一番地、松尾信雄方外四箇所において原告等の所有占有の前記滋養食品製造用、木製室四基、盛板七四枚、蒸米箱四箇、蒸器一箇、菰三〇枚、種麹六袋(一袋四〇匁入)、白米九斗、製品五斗を(国税犯則取締法第二條第三條によるものだとして)差押えた。併し乍ら原告の特許権実施過程中又は実施の結果招来する製品は前述のように酒税法に所謂麹に非ず、同署長は右特許権の範囲を否認し前記差押処分によりこれを侵害し又しつゝあるから、右特許権実施により製出される滋養食品が酒税法に所謂麹でないことの確定を求めるため本訴に及ぶと陳述し、立証として検証及び鑑定人野木只勝の鑑定の結果を各援用し乙第一号証の成立を認めた。

被告指定代理人は先ず本案前の抗弁として原告の訴を却下するとの判決を求めその理由として、凡そ確認訴訟の目的と做し得るものは原則として権利又は法律関係に限られ、その例外は民事訴訟法第二二五條に所謂「書面ノ真否」唯一個あるに過ぎないところ、原告が本訴を以て確定を求めるところのものは明らかに一個の事実関係に過ぎないから本訴は不適法として却下の運命を免れないと陳述し、本案につき原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め答弁として、原告が主張するような特許の出願、公告登録及び差押処分があつたことは何れもこれを認めるけれども、爾余の事実は全部否認する。酒税法に所謂麹は一般に穀類に黴類を繁殖させて製出された澱粉糖化酵素剤含有物を総称し苟しくも、酵素を包含する物質である以上その製法、目的、名称等の何たるかを問わず同法に所謂麹と解しなければならないところ、原告主張の特許権の実施過程中又は実施の結果製出される物質は何れも多量の酵素を包含するから同法に所謂麹に該当することは勿論で、従つて右特許権を実施するには同法第一六條により須らく製造場一個所毎に政府の免許を受けなければならないに拘らず原告は毫もこれらの措置を採らず名を特許権の行使に籍り敍上麹を製造し又は製造しつゝあつたから三本木税務署長がこれらの製品、その原料、容器具を前敍のように差押えたわけで該差押は洵に適法妥当であるから、原告の請求は理由がないと陳述し、立証として乙第一、二号証を提出し、検証及び鑑定人田山勝、野木只勝の各鑑定の結果を援用した。

理由

よつて先づ職権を以て本件裁判管轄につき考察するに原告の本件請求の趣旨は「原告において昭和二十一年特許願第四一一二号を以て出願し昭和二十三年八月二十日出願公告、昭和二十四年三月十二日登録され原告に帰属する特許第一七八一二五号特許権の実施により製出する滋養食品が酒税法に所謂麹でないことを確定する」というにあつて(被告はこれを争い右製品も酒税法に所謂麹に該当すると反駁している)結局右特許権の範囲如何の確認を求める趣旨に帰着する。ところでかように特許権の範囲につき利害関係人の間に争があるときは、利害関係人は特許法第八四條第一項第二号により特許庁に特許権の範囲を確定する審判の請求をすることができ、特許庁がかような請求を受理したときは、三人の合議制の審判官(中一名は特許庁長官の指定により裁判長となる。)において原則として公開の審判廷で審理(証拠調を含む)し(なお当事者の申立てない理由についても審理することができる。)理由を附して審決し該審決に不服がある当事者は更に特許庁に抗告審判を請求することができ、特許庁がかような請求を受理したときは三人又は五人の合議制の審判官(中一人は特許庁長官の指定により裁判長となる。)が前同様の方法により審判し、その審決に不服がある当事者はこゝに始めて、民事訴訟法により司法裁判所に訴を以てその救済を求めることができ、しかもかような訴の管轄は東京高等裁判所に專属し、当裁判所に属しないことは特許法第一二八條の二により洵に明瞭である。従つて利害関係人は一般に上述のような前提手続を経ないで直接司法裁判所に本件訴旨のような特許権の範囲の確定を求める訴を提起することができないものといわねばならない。そして原告において既に前述の特許庁の審判請求手続及び抗告審判請求手続を経由して当裁判所に本訴を提起した場合ならば、当裁判所は民事訴訟法第三〇條により本件を東京高等裁判所に移送すれば足るわけである。がしかし原告がかような前提手続を経由したとの点については原告においても主張及び立証せず否、本件弁論の全趣旨によれば原告において未だかような手続を履践していないことを推認するに難くないから原告の訴は竟に不適法として却下の運命を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき同法第九〇條に則り主文のように判決する。

(裁判長裁判官 中川毅 裁判官 工藤健作 裁判官高沢新七は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 中川毅)

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